(昨日の続き)Hiro(以下H):僕でもショックを受けたから、僕の親とかが聞いたら卒倒しますよ。他人と住むということも、なかなか理解してもらえなかったぐらいだし。
akky(以下A):時代も違うし、人間歳を取れば保守的になるというから、Hiroのご両親とかがショックを受けるのはわかるけど、でも男女が愛し合うことはごく自然であたりまえのことだし、それが存在しないことのように振舞ったり、ましてや排斥したりするのは賛成しないな。
H:最初akkyが帰ってきて話したとき、akkyも僕と同じように驚いてくれると思ってたんですけど、ぜんぜん平気な顔してるのでびっくりしましたよ。
A:うん。まぁよくあることだし、自称リベラリストなんでね。Hiroは前にPamに”too conservative!”って言われたって言ってたよね
H:はい。
A:「liberalでいること」ってのは、他の人の意思を尊重して、自分の基準を押し付けないってことだから。
僕は、つきあっていきなり泊まりにくるような彼女ができたらラッキー、いかん、これは本音だ(笑)、ま、ちょっとひいちゃうかもしれないけど、それは自分がそれを反モラルと考えるような保守的な家庭で育ったから抵抗があるだけで、それは正しいとか間違ってるとかいう善悪の問題だとは思ってないんだよ。
HiroがPamと時々行き違いが生じたり、Pamが「Conservativeな人には言ってもわからんない」とか言って議論を打ち切ったことがあるとしたら、そのへんの意識の違いがPamから見て取れるんじゃないかな。僕からみてもやっぱり今回Hiroの言ってることのいくつかは保守的に見えるし。
僕らliberalistからみると、たとえ個人的には保守的な道徳観念とかを持っていても、それを相手に押し付けて「みんなこうあるべきだ」とか言わないconservativeな人となら、つきあっていけるんだけどね。
H:でも、その人ってすでにconservativeという枠からはみ出してきてますよね
A:まぁ、そうかもね。特に日本のように「人と同じ」で「普通でいること」が善だという社会では、自分の好みのままに生きるのはたいへんだとおもう。でも、だれでも、「自分のしたいようにする」ことが幸せなんだと思うよ。それで他人に迷惑をかけてなければ。「他人が自由に生きることには我慢がならん。迷惑だ」っていうconservativeな人とは、結局うまくいかないけどね。ちょっと話が大きくなりすぎたかな?
H:うーん。なんか話を聞いてると、全面的に僕が間違ってたような気がしてきました。論理的に打ち勝てないというか
A:いや、「僕はこう思う。理由はこうだ。」って言ってるだけで、押し付ける気はないんだよ。論駁できる点があれば、いくらでも言ってもらっていいし。自分で判断した結果、我慢がならなければ、ここを出て行くことだってHiroの自由なんだよ。これはつきはなしてるわけじゃなくてね。保守的な人にも、保守的に生きる自由はあるんだから。