2001年3月29日の日記

会社の英会話教室の期末。仕事も忙しくて半分くらい休んでるので、やめることにした。講師に、それなりに話せて意志の疎通ができるようになってから、どんどん文法力が落ちてると言ったら、一つの文章に対して、3つも4つも違う言いかたで表現できるように練習するといいとアドバイスをされた。 最後の授業の後半分で、講師が持ってきたスクラブルをやった。もう一人の生徒がスクラブルを知らなかったので、教えながらゲームしたが、講師が彼のヘルプをするといいながら、我慢できなくなって次々とヒントを出して、なんだか講師とさしで勝負してるようだった。

2001年3月26日の日記

TOEICの点数が返ってきた。転職も視野に入れて受けておいたんだけど、上がってない。文法がぼろぼろだ。でも、TOEICって点数が出るだけで、何をどう間違ったかわからないんだよなあ。 日記の目次を作ってみた。書いてないところを指してたり、問題はあるけど。少しずつよくしていこう。

2001年3月23日の日記

会社の飲み会。はじめて僕の下に入ってきて、新人の時に仕事を教えた人がやめるので、その送別会だ。結婚の準備で本拠を関西に移すので、向こうの会社に転職するということだ。優秀な人なので部署としては痛いが、仕事はずっと続けたいといってるし、がんばってほしいと思う。 また、同じ飲み会で、今仕事を教えてる部下(?)に酔って「akkyさんと仕事するようになって、ほんとに勉強になってます。楽しいです」と言われた。うれしいこと言うねえ。ただし隣で聞いてた部長には「1対1で教えるのもいいけど、もっと大勢に技術を伝えるようなやりかたを考えろよ」と言われてしまった。

2001年3月22日の日記

日曜にRafが来たとき、部屋のドラムセットを見つけたので、洋服掛けと化していたドラムに電源を入れて、ちょっと叩いてもらった。兄さんに教わったそうな。居間のHiroのピアノも弾いていいかというのでつけたら、Jazzyな曲をなかなか感じを出して弾く。へたくそながら、ピアノにあわせてドラムを叩いてみたら、それっぽくなったので感動。さすがミュージシャンだ。Rafに自分の楽器は何なのか聞いたら、専門はボーカルだという。 僕は昔エレクトーンを習ってたんだけど、あれって一人でなんでもこなす楽器で、他人と一緒に演奏する楽しみがなかったんだよね。そのあと、なぜか友達に楽器を弾く奴が皆無だったのもあって、バンドブームの時とかも何もやんなかったんだけど。

2001年3月21日の日記

Hiroがおみやげといってお菓子をくれた。実家のほうに不幸があって帰省していたらしい。いなかったとは気づかなかった。HueyはHueyで、やはり何日も会ってないので帰ってないのかもしれない。どこに越すか聞いてないけど、もう次のところに入居しているのかもしれない。 Kikoさんがデポジットと最初の家賃を銀行に振り込んでくれた。今はネットからいつでも確認できるようになったので楽である。コンピュータ技術者のくせに今のオンラインバンキングのシステムが安全だと思ってるのか? と突っ込まれそうだが、預金額が少ないから何かあっても被害は少なかろう。とほほ。

2001年3月20日の日記

勉強会で都内へ。がんばって普段より早く起きたが、それでも遅刻してしまった。いつもは土曜日にやるが、今回変則的に祝日。さすがに明日休みじゃないと参加者が少ない。勉強会のテーマもあるが、色々情報交換ができてよい。もっと勉強しないとと思い、帰りに渋谷のBook1stで技術書を3冊購入。

2001年3月18日の日記

昼過ぎにRaffaeleが遊びに来た。駅のまわりがまったく様変わりしていて驚いたようだ。前に彼がいたときは、駅前は駐車場と野球場しかなかったからな。髪が長めで髭も生やしていた。僕のほうはというとポニーテールじゃなくて短髪になっている。 中古のパソコン部品を売ってるところが知りたいというので、近くのPCショップへ。嬉々としてジャンク品を物色していた。本業はミュージシャンなのだが、帰国してから友人と二人でウェブサイト製作をする会社を起こしたらしい。日本はイタリアに比べると色んなパーツが安いということらしい。 その後、飯を食いに回転寿司へ。回転寿司に来たことあるかと聞いたら、ロンドンでならと言うので聞いてみたら、僕も一回行ったYo! Sushiらしい。ここはイギリス風オリジナル寿司と飲み物をロボットが給仕する店だ。こういう時にはお金を惜しんじゃいけないんだ、といって、高い皿からじゃんじゃん頼むので、回転寿司といっても結構な額になった。1000円の皿なんて取ったことなかったぞ。 そもそもRafがうちに住もうとしたのは、彼女の実家が近かったからだ。そんなわけで、彼女の実家まで送っていき、再来週の結婚式の式場の地図をもらった。いろいろ話したけど、なんとかうまくやってるようだし、また会えてうれしい。まだイタリアに遊びに来てくれないのか、と言われた。ほんと、休みが取れたら行きたいんだけど。

2001年3月17日の日記

今日も一日会社。昼休み、Raffaeleに電話。結婚式に出る話の確認をしたかったようだ。出ていいなら(Can I come?)、出たいと思うと返事。場所とかの説明が要領を得ないので彼女に変わってもらったが、どうも神社で和服着て式をあげるらしい。面白いなあ。 Kikoさんから電話。持ち物がいっぱいあるようなので、置き場所などについて相談をうける。あとTVのアンテナとか、コンセントとか、カップボードのサイズとか。

2001年3月16日の日記

i-modeのサイトを2000個紹介したいとかいう雑誌の編集からメール。「もしも掲載に問題があるという場合は、お手数ですが下記のアドレスに *月**日(土)までにメールを頂けないでしょうか。返信のない場合はご了承を頂いたとして進めさせて頂きます。」 だからURLなら勝手に紹介していいって。禁止できるもんじゃないんだって。わざわざ失礼なメールを送ってこられると、わざわざ「載せないでください」って返事出したくなるぞ。しないけど。 留守電にRaffaeleからメッセージ。日本に来てるようで、すぐ電話をくれとある。しかしもう11時過ぎだし、どうも彼女のご両親の家の番号のようなので、明日かけよう。