2005年8月31日の日記

うわー。忙しくてめちゃくちゃサボってます。ごめんなさい。 穴埋めに サンフランシスコ 坂の風景をば。フォト蔵という知人のサイトで写真を乗っけたり共有したり公開したりできます。デザイン変更したという通知をもらったので試しに。

2005年8月21日の日記

朝通っている英会話クラスのクラスメート達と、バーベキューパーティー。Berkley の丘の上の豪邸に住んでいるクラスメートが居て、彼女の家の庭で8人ほどが集まった。 家の主人はさすが焼肉の国から来ただけのことはあり、肉のつけ汁が最高。庭やまわりの家並みもいいし、これぞアメリカ、という感じだなあ。 バーベキューの後は、Blockbuster で借りてきた映画「ドッヂボール」を鑑賞。この映画、評判を聞いていて僕が選んだものだが、評判にたがわず面白いバカ映画だった。みんなで観るにはおすすめ。

2005年7月17日の日記

友人が和太鼓の演奏をするというので、ゴールデンゲートパークへ見に行った。SF AIDS Walk でたくさんの人が公園を歩くため、そのコース脇で演奏していた。 行ってみると、芝生に太鼓や鐘を10個ぐらい並べて、全員揃いのユニフォームを着て、ちゃんとした演奏をしている。日本人もいるが、半分以上は非日本人。チームの中心になって演奏しているのも白人のおっちゃんだった。 後方には小さなテントを立てて、そこで寿司やハンバーガーを並べて、バーベーキューなどもしている。週末を楽しみながら、交代で太鼓の演奏を何時間かしているということだ。 聞いてみたら、サンフランシスコ・ベイエリアには20近くの和太鼓の会があるという。このクラブの詳細は竜巻太鼓のサイトで参照できる。ベイエリア在住で和太鼓に興味のある人は、練習を見学に行ってみたらどうだろう。いいストレス発散になりそうだ。

2005年5月19日の日記

知人の会社、コンサートのプロモートをする会社らしい、にちょっと頼まれて日本語への翻訳をしてあげたら、お礼にと Lenny Kravitz のチケットをくれた。僕は特に彼のファンということもなく、ヒットした曲は知ってるかなぐらいのものなんだけど。 お礼をくれると言われたときに、車がないからうちから会場の近いやつをお願いね、と言ったらそうなった。当然のように2枚くれたので、英会話学校のクラスメイト達を誘ったがみんな仕事や授業で忙しい。結局クラスメイトのお姉さん Mirella と行くことに。 ビル グラハム シビック オーディトリウムという、市庁舎の向かいにある会場。6時過ぎに会社を出て、車に乗せてもらって到着。General Admission、つまり立ち見で早いもの勝ちなので、そのまま列に並んだ。7時に会場。ホールのドアでまた並び、ホールのドアが開くと同時に、並んでた全員がステージ前に向かって走り出す。すると、なんと最前列の柵から2列目の場所が取れてしまった。 会場は、大きめの体育館というかんじ。三方の外側には2階席があって、こちらは座席がある。 そこから1時間、座って待つ。これはかなり退屈だった。8時に前座のニッキーなんとかというセクシー系お姉さんが演奏開始。曲の合間ごとに自分の名前を連呼して、きっちり1時間。どうもこの前座というシステムは好きになれないなあ。誰のためなんだろう。そこでカーテンがしまって、さらに20分またされる。 9時20分、ついに始まった。黒い上下に黒のサングラスで、ぱっと見プロレスラーみたいだが、歌い方や動きを見てると、なんかすごくエロかっこいい。こういう人だったんだー。超貧相な体格のギターのあんちゃんや、ダーティーペアのような服(水着のようだった)を着た女性ドラマー、ホーンやコーラスなどもみんな決まってる。会場も盛り上がって、なんか楽しい。 こっからちょっと昔の曲をやるぜ、みたいな感じで、聞いたことのある歌が続く。American Woman とか。区別はつかないが最近の曲もやる。1時間半ぐらいで終了。そこからアンコール。アンコールで2曲やった Lenny は、ステージのはじまで来たかと思うと、なんと下に下りてきた。柵の向こうに下りた彼は、柵の上で最前列の客と握手しだした! 僕らの前にも来たので、手を伸ばす。前にいたおばさんが Lenny の両手にしがみついて離さず、両側から警備員達に引き剥がされていた。でもそのおかげで、手は握れなかったものの右手に触ることができた。右から左までその調子で握手してまわったあと、ステージに飛び乗って挨拶し、去っていく。 一番売れた曲をやらずに終わるのかな、と思っていたら、ちゃんと2度目のアンコールがあり、Are You Gonna Go My Way で締め。会場の盛り上がり方もすごかった。みんなでジャンプ大会だよ。 結局、9時20分から11時30分まで。すごい濃いパフォーマンスだった。僕が高校生だったら、明日から服装や髪型を真似ようとするとこだな。いやでも、ほんとよかった。

2005年2月7日の日記

有給取って休み。昼前に古い友人達とその友人が今の宿まで来た。今日はその英語教師のアメリカ人の希望で、英語でゲームをするために休んだのだ。 Mage というロールプレイングゲーム。 予想ではかなり長丁場になるかと思っていたが、意外にサクサク進み、夕方には終わってしまった。なので、そのまま近所の飲み屋に行って宴会を始めた。 僕は普段は飲まないのだが、なんとなくつきあいで酒を飲んでたら、一人つぶれ二人つぶれ。最後の一人には酒量で負けてたが、なんとか意識のあるまま5時間ほど飲んでた。

2005年2月6日の日記

有楽町マリオンへ映画「オペラ座の怪人」を観に行ったら、ロビーで大学の先輩夫妻と偶然遭遇。声をかけられた。てっきり愛知にいるものだと思っていたのでびっくり。それを言えば、相手は僕がアメリカにいると思ってたわけだが。 前回お会いしたときは、あまり景気のよい話も聞かなかったのだけど、今回名刺をいただいてびっくりした。すごい出世されたようだ。映画が始まりそうだったので細かくは聞けなかったが、めでたいことだ。

2004年12月31日の日記

実家にてまったり過ごす。人気凋落が激しいらしい紅白も、ネットしながらだけどつけておく。去年のように今年の一発屋芸人達のネタが初めて観られるかと思ったが、集中して観てなかったせいか、いつやったのかわからず。マツケンサンバは観たし楽しかったが、これはネットでも観られたからなあ。今もあるのかどうかわからないけど、あれをタダで公開してたのは太っ腹だと思った。

2004年10月16日の日記

ひさしぶりにテニスをした。一年以上やってないと思う。そもそも、会社まで歩く以外になんにも運動してない日常で、ちょっとやばいかな、と思ってテニス相手を募集してみた。 ネットで連絡してきた黒人のレズビアン女性と、ジャパンタウンの近くのコートで待ち合わせ。いつも空いてる、という話だったが、あいにくと2面とも、先客のアジア系のグループが使っていた。 二人ともバスで来ているので、他の場所のコートが空いてるかちょっと見てくる、というわけにもいかず、その場で待つ。1時間後にやっと片方が切り上げてくれた。 で、ちょっとラリーをしたところ、メガネの左のつるがポキッと折れてしまった。予備なんか持ってきてないので、そのあとずっと裸眼で打ち合い。僕はものすごく視力が悪いので続けられないと思ったら、案外なんとかなるものだ。適当に黄色っぽい点を打ち返しても続いた。メガネしてるよりうまかったかも。 2時間続けて、すっかりへろへろになったので、このへんで勘弁してください(笑)と切り上げた。テニスの技量は僕のほうが高いみたいだけど、お互い運動としてやるだけで、体力は向こうのほうがありそうだ。来週もここでテニスしようと約束して別れた。 またコートが空いてなかったときのために、Japan Town からバス一本ですぐいけるほかのコートも探しておかないと。Marina や Golden Gate Park にはあるのは知ってるけど、もっと近くにないかな。 どうもこっちのテニス人気ってあまり高くないのか、街中にも無料のコートがいくつもあるけど、空いていることが確かに多い。

2004年10月2日の日記

「姫神」で活躍の星吉昭氏が死去 のニュース、ふーん、ぐらいにしか思わなかった。 そしたら田舎の母からメールが。「今日の新聞記事見て初めて気づいたけど、お前この人に教わってたことがあるんだよ。覚えてるかい。」 そういわれてみれば、小学生の頃、僕がまだ神童だった頃(嘘)、エレクトーンを習ってて、星という先生の特別レッスンを受けに月一回金沢まで通ってたことがあった。 ほとんど記憶にないけど、当時の先生はダンス☆マンのような髪型をしていたような。当時はむしろダン池田に似ていると思っていた。普段はエレクトーンの先生を教えている、大先生だと聞いていた。 姫神の名前は知っていたけど、じつは曲は聴いたことはない。エレクトーンを習ってたくせに、シンセサイザーとかテクノ系のアーチストにはあまり興味が無かったんだな。姫神があの星先生だと知っていれば聴いてみていただろうに。 姫神こと星先生のご冥福をお祈りします。