2002
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2002年5月5日の日記
洗濯などして一日だらだらと過ごす。夕方、ハブを買いに行こうとケーブルカーに乗り終点まで。しかし、日曜の6時すぎはほとんどの店が閉まっていた。しかたないので、開いてたタイ料理屋でチャーハン$7.45を食べて帰った。
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2002年5月4日の日記
Chrisが何か買ってきた。棚板らしい。僕のバスルームにつけるとのこと。そういえば壁に穴が開いていた。L字型の金具は使えるんだけど、棚板のほうは腐ってたので、ペンキを塗る前に外して捨てたそうな。 もちろん僕も手伝う。壁の穴にはプラスチックのネジ受けを差し込んで、棚板には錐で穴をあけ、ネジで留める。立派な3段の棚ができた。これで着替えやドライヤーを置く場所ができた。
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2002年5月3日の日記
金曜ぐらい深夜まで働くのはやめようということで、夕方Evanに電話してみる。特に予定はないというので、飯食いに行こうと誘った。8時頃車でオフィスに来てくれたので、Richmondへ。Geary&21st ave.のlucky fortuneという中華料理屋で、あさりのオイスターソース炒め、塩漬け魚と茄子のクレイポット、地鶏の蒸したのと豆苗を食べる。スープとデザート(タピオカ入り汁粉)が無料 …
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2002年5月2日の日記
昼は地下フードコートでタイ料理。豚肉とナッツ甘酸炒め。夜は、あれ? タイ料理屋で豚肉とたけのこのカレー。そうか、どっちもタイ料理か。疲れてんのかな。 11時半に会社を出て、バス停についたときには30番が発車していくところだった。しょうがないのですぐ次に来た3番に乗ってPowel st.まで。バスから降りたところでちょうどケーブルカーが通り過ぎていった。ダム! ケーブルカー沿いを歩く。急坂だ。急じゃ …
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2002年5月1日の日記
オフィスのお湯サーバのお湯が尽きた。人が増えたので水の減りが早くなっているようだ。明日替えの(巨大)ボトル群が来る。 昼、Washington streetのWashinton Restaurantへ。海南鶏飯を食べる。$7。まあまあ。でも、シンガポールで食べたようなおいしいのに、なかなか会えないなあ。 夜はSubwayへ。夜はほとんどのお店が閉まるので選択肢が少ない。セットを頼んだ。セットに …
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2002年4月30日の日記
昼は地下アジアンフードコートでフィリピン料理。ごはんに、豚肉をこげ茶色ソースで煮たもの、あと丸い野菜オムレツ。$5.40 夜は会社の近くの地中海料理屋で、茄子の焼きブリトー(正式名称がわからん)。 今日も帰宅したら12時。これはちょっとひどい。なにか対策を考えないと。
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2002年4月29日の日記
仕事してたら11時半になった。いかん。これじゃ日本にいたときと変わらないじゃないか。サンフランシスコは比較的安全とはいえ、こんな時間に帰宅するのもよろしくないし。 どう考えても働きすぎだ。日本じゃまわりがこんな感じだったけど、アメリカだと6時前後にだいたいは帰っちゃうし、異常かも。仕事が多すぎるんだ。
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2002年4月28日の日記
昼頃、腹が減ってふらふらになったので食事に。Broadway、いつものGrand Riverの隣、興隆小館(Hing Lung Restaurant)に入る。ここは2度目。ランチメニューが8つあったので、パンのフライがなんたら、というのを頼む。「それだけか?」と店のおばさんに言われた。料理がきてみたら、たしかにこれでは足りなさそう。揚げパンのまわりに、ワンタンの皮みたいなのを巻いて蒸したようなもの …
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2002年4月27日の日記
朝起きるとChrisが荷物をリビングに積んでいる。要らなくなったものを貧しい人にあげるんだそうだ。Good Willという団体に寄付するらしい。アメリカっぽい話だ。荷物を車に積むというので、半分手伝った。 Chrisに5月分の家賃をチェックで渡す。入居前のメールで、一ヶ月は試験的に住んでみて、合わなければ出て行ってもらうかも、という話があったので、「もし僕がここに住みつづけていいんだったら、だけど …
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2002年4月26日の日記
「島唄」のアルゼンチン版というのがあって、これを聴く機会があったんだが、かなりカッコイイ。てっきりスペイン語で歌ってるのかと思ったら、日本語なのだ。completaバージョンということで、10分近いアレンジ。イントロはEW&F、そのあとオリジナルに近い感じ、途中ボヘミアンラプソディ風の泣きのギターからCherのBelieve風(styx風とも言うか?)、トランス風(? よくわからんけど)で …