2001年5月11日の日記

スペイン人から問い合わせメール。夏に数ヶ月。留学生か。国王と同じ名前なのでびびったが、スペインって、ジーザスなんて名前の人もいるからなあ。実際にはヘサスと読むわけだけど、つづりはJesusなので、イギリス人とかはびっくりするらしい。 ボランティアである技術文書の翻訳を手伝っているのだが、そのメーリングリストの人から飲まないかというメールが夕方来た。六本木ということで、仕事が終わってから車で行った。飲みに行くのに車かよ、という話もあるが、僕は飲まなくても苦にならないし、帰りの電車が嫌なので。 六本木まで下みちで50分。奥の方に路駐。ビールのお店で宴会。メールでだけ面識のある二人と、さらにその人達が連れてきた二人の5人。4時間ほど飲んで話した。プロの翻訳家の人もいて、色々面白い話が聞けた。ただ、勘定は町田の2倍ぐらいだった。東京は高いなあ。 めったに来ない都心に来たから、そのまま踊りにでも、とも思ってたが、一緒に飲んだ中の一人の家が偶然うちのすぐ近所で、終電なくなったとか言ってたし、乗せて家まで送って帰って来た。この人もなかなか興味深い経歴の人だった。2時。

2001年5月9日の日記

仕事のあと、Raffaeleと居酒屋へ。あさって帰国だからな。友人から調達したブツを渡す。イタリアじゃ手に入りにくいものということなので。 昼は、都内のとあるコンピュータ部品屋を訪問して、イタリアでそこの製品を輸入販売するための打ち合わせをしてきたらしい。まったくの普段着だったので、「そんな格好で行ったのか?」と聞いたら、その(ラッパーみたいな)格好の上に20分遅刻したという。よくそんなのでビジネスの話がまとまったな(不精ヒゲも生やしてるし)と思ったが、これも人柄がいいおかげか。好条件が得られたといって喜んでた。落とし穴がなくうまくいけばいいけど。 僕が、自分のウェブサイトのためにドメインを取ろうとしてる、と話したら、Rafは10以上ドメインを持ってると言ってた。英語のドメイン名はほとんど空いてないけど、イタリア語.comだとまだ取れるそうで。自分自身のためというより、いずれ高く転売できないかというつもりもあるようだが。 休みが取れたらイタリアに遊びに行くよと約束して別れた。

2001年5月6日の日記

Rafに頼まれたあるものを調達しに、横浜の友人のところへ。あたらしいゲームを入手したというので、対戦する。 前にメールの来てた香港の女性。転勤で日本に来たようで、メールが入ってた。まだ住みかを探してるというから、今のところは仮の宿なんだろうか。もしどこかに部屋があるようなら教えてと頼まれた。 友人とは、なんか面白いウェブサイトを作ろうよ、という話で盛りあがり、とりあえず企画していこうということになった。漠然としたネタはあるので、あとはマジメに働く必要があるが、この忙しさではあまり進まないかなあ。

2001年5月5日の日記

昼じゅう寝っぱなし。夕方、Raffaeleからの電話で目が覚める。「ビリヤードに行こう」ということで、4週?連続でビリヤード。途中、神がかり的に(狙ってないボールが^^;)入って7-3のリードを取るも、普段座りっぱなしの仕事のせいか立ち続けの疲れがでて連続6ゲーム失い、7-9で負け。4時間。安楽亭に行って焼肉を食う。Raffaeleの誕生日ということでおごる。いよいよ来週には帰国だ。たった一ヶ月で形になってきたビリヤードも、相手がいないからやらなくなるかもな。 深夜に帰宅。まだ同居人は居るんだか居ないんだかわからない。靴は出てるけど。

2001年5月4日の日記

昼じゅう寝て、夜11時、実家を出発。帰りは名古屋経由にする。東名に入ったのが深夜2時半だが、けっこう車の量が多い。昼は数十キロの渋滞らしいから、流れてるだけでも恩の字か。浜名湖SAなんか満員で入れなかった。合計6時間で到着。早朝なのでシェアメイトの様子は不明。 おみやげを買ってきたので、ホワイトボードに「おみやげ買ってきた。食べて」と書き、寝る。

2001年5月3日の日記

DVDで「リプレイスメンツ」を観る。キアヌ・リーブス主演のアメリカンフットボール版「メジャーリーグ」 僕は観るスポーツで一番好きなのがアメリカンフットボールなので、楽しめた。あとヒロインがかわいい。 近所の古本屋で、中古DVDが1980円でたくさん売っていた。「恋に落ちたシェイクスピア」と「ニューシネマパラディソ」を購入。「バッファロー’66」や「ラン・ローラ・ラン」も1980円だった。DVDって中古でもあまり安くならないので、この店は要チェックや。

2001年5月2日の日記

今回車で帰省したのは、自分のPCを新しくしたため、前のを両親に持っていってあげるためもある。今まで前の前のPCを使わせていたが、やはり処理能力の遅さはいなめなかった。メールや年賀状のデータを移し替えるのがたいへんだった。あと、父のためにパラグライダーのゲームを購入、インストールした。英語版のソフトなので、マニュアルを読んで遊びかたを教える。パラグライダーは、ちょっと天気が悪いともう飛べなくなるそうで、これで飛べない日にも練習できていい、と喜んでた。ゲームが練習になるかどうかは、まだ疑問だけど。 前の前のPCを、パソコンを覚えたいという中学の同級生の家へ運ぶ。買うつもりらしいけど、まだ金が貯まってないそうなので、2,3ヶ月貸すことにしたのだ。

2001年5月1日の日記

メールで打診されていたテレビ取材の件で、PHSに連絡が入った。やはりカメラを持ってきてフラットの様子を映したり、インタビューしたりしたいそうだ。HiroもKikoも、テレビになんか映りたくないと言っていたし、以前のテレ朝に続き今回も取材はお断りした。このウェブサイトについては紹介させてもらうかも、というので、そっちは了承した(了承しなくても、公開してるんだから紹介するのは自由だと思うんだけど)。 今回のフジテレビの方は、メールも電話も丁寧で好感は持てたんだけど、昔学生の頃、フジのニュースで何の気なしに取材に答えてひどい目に遭ったことがあり(自分は映らなかったが友人が。。。)、やっぱテレビは怖い。 16日頃の朝、朝の小倉さん(この人も好きだが)の番組でフラットシェアの特集をするそうなので、観てみてほしい。

2001年4月28日の日記

なんとか連休にこぎつけた。帰省する予定だが、車なのでいつ出発するかは未定。掃除洗濯。 読者からメール「私もシェアを始めたばかりです。2人ともシェア経験があるけど、感情的な面はそんなにうまくいかず、やはり経験よりも住む相手次第というところが一番大きいなあと痛感しています。というのは、お互いに対して、いろいろな感情的なズレや行き違いもあり、ギクシャクしてしまって、過分にそれをどうかしないと悪循環のツボにはまっているわけです。」 「よくわかります。相手との距離感の保ち方なんかも、シェアの相手によって様々ですから、一律に「こうすれば間違いない」ということもできませんし、難しいですね。」 「akkyさんはシェアメイトとの感情的なズレは、どう自分の中で処理してますか?」 「うまくいかないことももちろんありますが、経験的には、率直に腹を割って話す、ことで、相手も同じような問題を感じていた、とか、改善するにはどうしたらいいのか見えてきた、ということも多いですね。」 自分が相手に不満を感じてるとき、たいていは相手もなんらかの不満を自分に持ってることって多いと思う。簡単ではないけど、それを伝えずに不満を溜めるより、お互い話し合って解決できたら、それはシェアの楽しさの一つになるんじゃないかな。

2001年4月26日の日記

数時間の差で、立て続けに2本、取材申し込みのメールをもらった。雑誌とテレビ。メールによれば、ルームシェアは最近社会で話題になっているとのこと。どちらも曖昧に「取材したいのですが」というだけなので、内容や扱われかたによりけり、という返事を出しておく。 前にURL紹介依頼をもらった「共同生活マガジン」でも、あれだけたくさんのシェア生活が紹介されていたのだから、探せばけっこういるんじゃないかな。うちが取材されるかどうかはともかくとして、記事や番組で好意的に紹介されて、社会的に(特に大家とか不動産屋とかに)シェアが認知されていくといいね。