1998年6月13日の日記

ラフとその日本人の彼女は,彼女がイタリアを訪れたときに,バイクにのってサルディニア島の小さな村に旅行した。なぜそこかというと,ラフがロンドンで一緒にウェイターのバイトをしてた友達がそこの出身で,彼が実家を訪ねればいいとすすめてくれたそう。といってもその彼自身はまだロンドンにいる。 友達の実家の電話番号だけを持ってサルディニアに渡った2人は,友達の母親に会い,母親から近所の人に紹介され,次々と知り合いになり,日替わりで違う人の家を尋ねてごはんを食べたりしたという。 ここからラフの疑問。日本ではどうもそういうのはありえないと聞くが本当か? ラフがもし日本の田舎に行ったらそこの人は恐がるか,仲良くなれないか? そうだとするとどうして? サルディニアのようにはいかないだろうと思ったのでそれを説明。どうしてだろうという話になる。 akky:島国だから排他性が強い,例えばイングランドもそうだろう? Raffaele:でもスコットランドやアイルランドはそうではない。アイルランドに行ったときも,パブで飲んでる知らない人とかがとてもフレンドリーだった。 日本人が相手の心を読むという件についても。読めるというより,均一性が高いから,小さな差を読み取る能力が発達しているんだろう。別に,日本人が、いろんな国から来た個々の差が大きい人達の心を読めるわけではない。むしろ理解できずに問題を起こす例のほうが多いかも。 そこで,鎖国とその影響について話した。また,江戸時代に普通の人は生まれた村をでることなく一生を過ごし,遠くに行ったりする経験自体がなかったことなど。ラフがそれはとてもひどいはなしだ,というので,別に革命前のフランスなんかもそうだろうと突っ込む。要は王とかそんなもんがいれば,下っ端たちは独自の考えや行動を持たれては困るわけで,日本人が自分と似てない人との交流が苦手なのは,そういう古い時代から抜け出したのが最近だというだけじゃないのかな。 そのあと,排他性の話から外国で働く話になった。ドイツのトルコ人やイタリアの北アフリカ人,日本での東南アジア人やイラン人など,よそから来た人を差別しようとする人達とその理由について。先進国がその他との間に垣根を作って富をその内側に集めているという考え方を説明。国なんて概念自体不要で,誰でもどこでも働ければいいんじゃないかといった。彼としては,金持ちには金持ちの,貧乏には貧乏のよさがあって,どちらがいいというものではないと言い出した。が,アフリカで生まれたそばから死んでいく子供達にどんなよさがあるのかと反論。

1998年6月12日の日記

Raffaeleと雑談。これは彼の兄パオロの体験談だが、パオロはEUで報道部にいて,日本で最新のヴィデオカメラの扱いを勉強するために,ラフの彼女を通じて日本でアシスタントをさせてくれる製作会社を探し,契約をして日本に来たという。しかし,最初にその会社が彼に言ったことは,「君は素人だからカメラを壊されるとこまる。カメラには触らないように」だった。じゃあどうして契約したのか,とは思ったそうだが,口には出さなかった。 最初は師匠の身の回りの雑用を助け、技術は目で盗む、という古風な徒弟制が、現代の日本の会社でも残っているのか、という驚きもあったが、そこで口答えしたりしないのが日本的なのだろう、と思ったというパオロの洞察にも、驚くやら申し訳ないやら。